無題

例によって昨日思いついてほぼ一発書きで書いた駄文。三角関係？ちょっと暗いかも。小説と呼べる代物とは余りにも程遠いので、小説カテゴリには入れないでおきます。


シグフィリ……？エイプリルフール文。

   フィリは起床し簡素な朝食を取ろうとテーブルの前に座るとき、自分を一心に見つめる青目がある事に気づいた。――ああ、またか。漏れでそうになる溜息を噛み殺して向かい合う素数の女神、Σを眺め返す。交差する視線を仰いでいるかのようにテーブルの上に置かれてあるのは、それぞれに二枚ずつ切り分けられ皿に載せられた薄手のパンと、手の平ほどのチーズの塊。とそれを切り分ける刃先の丸いナイフ。バターの入った小さな壷。それから小振りのかごに積まれたミニチュアの作り物のように小さく細やかな色とりどりの様々な野菜。――収穫した野菜のうち、不ぞろいの未熟なものを箸休めとして食卓に置いたりするのだ。結構こういうものの中には美味しく食べれるものが多い。それからフィリは目の前の女神に、ゆで卵茹でるの忘れてるよ、と告げる。

   フィリは、Σが時折自分の瞳をまじまじと眺める癖があるのを知っていた。何かと考えに集中している時、自らの思考に浸ってただ一点を見つめたまま視線を動かさない、というのは彼女には割とよくある事なのだが、そういうのとは違う、また違った眼差しなのだ。そうではないぞ、昨日余った分を切って冷蔵庫に置いてあるのだ。今取ってくる。そうΣは訂正して冷蔵庫の前に立とうと椅子を後にした。

  「……シグマ」

   自らの名を呼ぶ声に、Σは無言のままで不思議そうな目をしながら目配せで返答する。ゆで卵につける別の調味料が欲しいとフィリが思ったとでも考えたのだろうか、冷蔵庫から追加でマヨネーズを取り出す。

   同じ目の色をしているんだな。ある日ある時、繰り返ししていたその行為の時に、彼女がぽつりと呟いた言葉。そう呟いた時の彼女の眼差しが、忘れられない。口元には笑みを浮かべているのに、どこかそれは寂しそうで、まだフィリには分からない憂いを携えているような気がした。そしてそれにかすかに混じるこれも――よく分からない――何かこう、慈しむような、ひたむきなような、何か――。とにかく、よく分からない。自分を見ているのにも関わらず、どこか別のところを彼女が見ているような気がして、その度にフィリはもやもやとした気分になった。その眼差しは自分に向けられる事の無いものであることは、何となく感じることはできたのだ。

 ――彼女のその言葉の意味を知ったのはもう少し後になってからだった。


   Σが切り分けられたゆで卵を載せた皿とマヨネーズを携えながら、再び椅子に戻った時、質問の続きをフィリは再び問いかける。

 「ねえ、一体さっき何を考えてたの？僕の目を見てたときに――」

   誰のことを考えていたの？という言葉は継ぎ足さなかった。ほんの一瞬の、張り詰めて沈黙した空気。

 「いや、何でもないのだ。」

   一呼吸置いて、続ける。

 「何も、考えていない」

   それからいつもの表情で、ふるふると首を横に振る。まるでなべて何事も無いというような、至って普通の態度。さっきの空気など無いものにするような、至って暢気な声色。だがその空気は、全て掻き消えることは無く霧のようにかすかに辺りを漂っている。フィリは相槌を打たなかった。漂う霧でも吸い込んでしまったのだろうか、そのまま押し黙ってしまったのだ。


   彼はその目の先に彼女が見出しているものの事を、知っている。見ているのは、僕じゃなくて――。


   食事を終えるとフィリは無言のまま椅子から立ち上がり、柱に立てかけてある日めくりカレンダーを剥がす。べりりと少々丁寧さを欠いて剥がされたそれは、端が少し破れてしまっている。


 ――ほら、やっぱりそんな事嘘なんだろ。


   カレンダーが指し示しいる日付は、四月一日。